らくとあいすの備忘録

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Amebientの音楽体験設計 (概要編)

こんにちは。Amebient Advent Calendar 4日目の記事です。

今回はVRChatワールド「Amebient」の音楽体験の設計について書かせて頂きます。 特に今回は"概要編"と題しまして、全体をかいつまんで書いていきたいと思います。 細かい話については、以降の記事で書いていく予定です。

もし、Amebientが何であるかがわからないという方は、先にVRChatで公開されているワールド と、phiさんの1日目の記事 を見て頂ければと思います。

Amebientにおける音の役割

話声、音楽、通知音、雨音など、私達の住む日常の周りは、人為的なものにせよそうでないにせよ基本的に音に溢れています。VRの世界では、存在させようとしなければ音が存在しません。逆に言えば、望む世界になるように、望む音を存在させることが出来るのがVR世界だと思っています。

音・音楽をどのように用いるかは、製作者の意図その他によって異なっており、様々な使い方がなされます。VRChatのワールドで比較的スタンダードな音の使い方としては、ワールドの雰囲気を演出する Back Ground Music (BGM)、UI操作等に合わせた効果音などが挙げられます。また、シーンの環境に合わせた環境音や、モノの当たる音などの物理音などより現実に近いような音が使用されることもあります。Amebientで使われている音は、原則後者の2つの要素 (環境音・物理音) のみで構成されています。すなわち、VR世界の中では、比較的現実寄りを指向した音の使い方をしているといえるのではないでしょうか。

しかし、Amebientは、現実よりも少しだけ音楽的な世界です。 言い換えれば、音楽的となるように構造を与えられた世界です。一つ一つの音は、雨粒が缶にあたったり、パイプで菅を叩いたりする物理音や、風音や雨音といった環境音にすぎません。現実世界でもそのような音は日常の中に存在しているでしょう。ただし、現実世界においてそれらの音は、現実的な確率の範囲内においては、人間が音楽と呼ぶに足る構造を持ちうることはありません。しかしそこに、雨粒の音楽的規則を持った落下、環境音の連鎖的な相関、音楽的操作と世界進行の相関といった構造が加えられることで現実のようでありながらそうでない、少し楽しい世界が出来上がるわけです。

すなわち、Amebientにおいて音は、単体では現実を模倣するような物理音や環境音でありながら、それらが連なったものとしては、世界観を演出するBGM、展開を誘導する導線、演奏を奏でる楽器の音源などの多様な役割を担うものへと変化します。そして、その全体としてAmebientという楽曲が構成されます。

Amebientという楽曲

Amebientでは、行動に伴って世界が進行します。穏やかな雨が降りそそぐ廃墟に雨音の奏でるテーマがゆったりと聴こえてくるところから始まり、物を移動させ音を変化させていくに伴い次第に雲行きが怪しくなり、雷とともに電力が通じてより一層音も環境も勢いを増していき、そして最後には一瞬の静けさの後、海の底に沈んで行きます。この一連の流れは、プレイヤーの行動によって拓かれていくストーリーラインとも言うべきものですが、これは同時にAmebientという楽曲そのものとも言うことが出来ます。

実際、phiさんの1日目の記事でも触れられていますが、実際にワールドに組み込む前の段階においてAmebientの1つの形を1曲としてまとめました。ストーリーラインのおおまかな流れは、作戦会議でたくさんのアイデアが挙がっていきました。その流れに概ね従いつつ、人の動きや世界の進行を想像しながら、ワールドにJoinしたところから結末まで曲として構成していくことで、次のような曲としてAmebientのストーリーラインが現れてきました。

部分的に今のAmebientとちょっと違うのが面白いですね。ちょっと違う部分は主にVisualとか実装の要請で逆に曲の方に変更が加わった部分です。 この曲は大きく4つの場面に分かれています。それを踏まえて各場面の概要、設計意図や経緯などを簡単に説明します。*1

導入部 (~0:32) *2

導入部分は、Amebientのテーマとも言うべき3拍子のメロディーからはじまります。 ワールドにはじめて来た人は、これをBGMだと認識したのではないでしょうか?実際、VRAA02の公開審査配信でもぴったりのコメントを頂いていました:

今流れている曲、ワールドのBGMかと思っていたら、リアルタイムに発生している音だったんですね。 (届木ウカさん)

これは、実際完璧に意図通りでした。

BGMは空間の雰囲気をがらっと変えられてしまうほど強力なもので、Amebientの世界観表現にも欠かせないものであると考えていました。一方で、これは音を自分で弄って遊べるというコンセプトとはなかなか合流しがたいものでした。 そこで、プレイヤーが制御可能なワールド内のオブジェクトでBGMとなるテーマを奏でるという方法でこれらの相反する二つの要素を両立させることにしました。 これは、背景だと思っていたものが背景ではなかった、という驚きを与え続けるAmebient全体にわたる仕掛けにも通じるもので、何かこのワールドは尋常では無さそうということを悟ってもらえるファーストインパクトにもなったかなと思っています。

展開部1 (0:32~2:23) *3

導入部で、BGMだと思っていた音楽が実は制御可能であったことに気づいたプレイヤーが、オブジェクトを抜き差ししたり違う雨粒に当ててみたりする行動を取っていくと、徐々に音楽は変化していきます。 しかしここで、ただ変化していくだけではなかなか展開していきません。仮にここで、何らかの条件を満たして急に世界が進行しても説得力がない(因果がない)ですよね。そこで、単なる変化ではなく、明らかな展開を見せるような工夫が必要になってきます。ここで、導入部と展開部の音を比較してみて欲しいのですが、なんとなくテンポ感がはやくなっている感じがすると思います。これは、実際にBPMが変わっていて、はじめのBPMは99になのに対して途中から132になっています。しかし、段々とテンポをあげていくといったことをしているわけではありません。(仮にワールド内でそれをしたら不自然ですよね...?)

これには、Metric modulationという楽曲構成上のテクニックを使っています。はじめBPM99で奏でられるテーマは3拍子なのに対して、展開部を構成するリズムは4拍子のものであり、BPMではなく拍子も変わっています。ここで、BPMの数字の比に注目すると、132/99 = 4/3となっていることがわかります。すなわち、3拍子の導入部の 4/3倍速の4拍子の展開部への移行なので実は1小節の長さが変わっていないのです。 従って、これらが共存している0:32~1:00付近では、3拍子を基準に見たら4拍子の音は4連符、4拍子を基準にしてみたら3拍子の音は3連符としてポリリズム的に解釈され、音楽的に自然にBPMが変更されていくようになっているのです。

なぜ、こんな回りくどいようにも見えるBPMの変更方法を取っているのかというと、上記のBPM変更を曲から空間に落とし込む時にこの解釈が最も自然であったからです。 図には、Amebientのメインフロアである3Fと、各領域でメインで聴こえてくる音のBPMとテンポを示しています。 入口付近では、BGMとなっていたテーマが聴こえており、外側付近ははじめは無音ですが入口付近から楽器を持ち運んでいくことで4拍子のリズムが聴こえてきます。 単に曲であればそれで終わりなのですが、実際には物を運んだり中間領域でたたずんだりする過程で何度もこの間を行き来したり、時には同時に耳にしたりすることになります。 すなわち

  • 外にいくという行動を反映してBPMをあげるという展開を与えつつ、
  • いつでも前の音に自然に戻って来れるようにし、
  • それらが同時に聴こえることも許容する

という楽曲上、空間上、体験上の課題をクリアする必要があります。そのために、Metric modulationが導入され、いつでも混ざったり遷移したりできるBPMの違う音楽が空間領域ごとに存在している状態というものが設計されています。 これは、通常のステレオの音楽を扱う上では絶対に問題にならないことで、空間方向に自由度を持つインタラクティブな楽曲制作の難しさと楽しさを感じる部分でした。

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導入部BGMから展開部へのBPM変化

展開部2 (2:23~4:30) *4

導入部から展開部1に向かっては、BPMの変化によって曲に展開をもたらしました。ここからもう一段の盛り上げ、にぎやかさ、自由度を与えるのがこの展開部2です。 展開部1から展開部2にわたっては、豪雨と落雷をきっかけとした多くの変化がワールドにもたらされます。

豪雨によってもたらされるのは、降ってくる雨粒のリズムの変化です。 展開部1よりもより多くのバリエーションの雨粒のリズムバリエーションを使用出来るほか、それぞれのリズムもより密なものとなっていて、自然に全体の音が増えて音圧とスピード感を増していきます。 落雷によってもたらされるのは電源の供給で、これによって電子ロッカーが開錠されることとなり、いままで制限されていた楽器が使用出来るようになります。 その一つが鉄パイプです。今までは、雨粒に頼るしかなかったリズム部分を鉄パイプを使うことで自由に演奏することが出来るようになります。

この動画めちゃくちゃ好きなんですが...雨粒によってもたらされる背景のリズムに上乗せして、鉄パイプで叩いたリズムや旋律を加えることで多様な音楽を他の人とセッションしたりすることが楽しめます。

これらの、ワールドの変化・楽器の変化は総じて、体験者・プレイヤーにより多くの選択肢・自由度を与えるものです。 この展開を作っていくにあたり、Amebientに訪れる人は、演奏者なのか?という議論をphiさんとしていました。私は、演奏者として意図を持って音楽を構成出来る体験を作りたいと考えていましたが、phiさんはもっと偶発的な偶々置いたものが雨粒に当たってそれが楽しいという体験をベースに考えていました。それら二つの体験を期待する人の双方に対してワールド側が幅を持てるように考えられたのが、この展開部1から展開部2への流れです。 展開部1では、使用できる楽器や雨粒は限られており、作れる音の幅はあまり広くはないものの、ある程度どんな風においても成立するように作られています。一方で、展開部2は非常に自由度の高い演奏が可能になります。多くの楽器を使っていけば、それだけうまく聴かせるのは難しくなっていきますが、意図をもって音を作っていけばより多様な音楽を作り出すことが出来るようになっています。このような展開を取ることによって、ある程度音楽の知識がある人でも、まったくの初心者でも共通の空間での音楽体験を楽しめるようになっています。

さらに、この先の展開を望まずもっと音楽を作りこみたいという人のためには、別途端末を使った操作から得られるエンドレスモードを用意して対応することにしました。これについては、誰かがどこかで書いたりするんでしょうか...?

終末 (4:30~) *5

あらゆる体験の先にあるのが、海面上昇に伴う建物の水没です。 海中では、もともとAmbient音楽が流れていますが、海面が上昇することによってこの音楽がワールド全域を覆うことになります。 これによって、世界的にも、音楽的にも穏やかにエンディングを迎えられるような構成がとられています。

ここで、上記の音源では海中Ambientがフェードアウトして終わりになっていますが、実際のワールドではもう少し違った音を聴くことが出来ます。 それが海上の音です。上記の曲が出来上がり、ワールドとしても組みあがった後、一度テストワールドに行ってみました。 曲を作った段階では、水没した後のことは海の中に沈んでいることしか考えていなかったのですが、実際にテストワールドに行ってみると、屋上部分がわずかに海上に出ていてそこから外の雨の音を聴くことが出来たのです。 これを見た時、完全に鐘の音が聴こえてきてしまって、曲には少し続きが出来ました。

遠景の建物の内部には、1つ1つ音程の異なる鐘が設置されており、2Fの機械を起動した後からこれがランダムに流れ始めます。*6 そして、ついに最後の雷が落ちて音が消えるとこの鐘が、はじめの入り口付近で鳴っていたものと同じテーマを奏で始めます。 ここまでは、元の曲にあったのですが、実際にはこの鐘を水没後も永遠に鳴り続けるようにすることで、雨・風の環境音の上に流れるAmebientのテーマを世界が演奏し続けるというエンディングを迎えることになりました。

まとめと予告

本記事では、Amebientではどんな風に音が扱われているか、そしてそれがどんな体験をもたらしているかといったことの概要を書かせて頂きました。 Amebientのような音が体験・空間と密に結びついたような体験、そして楽曲はまだまだ沢山検討の余地があると思っています。そして、色々な人の作ったものを見てみたい気持ちです...。 すごく大変ではあったのですが、普通の楽曲制作とはまったく違った刺激の得られる楽しい体験だったので、音楽を作る方やVRChatのワールドを作る方に是非興味を持っていただきたいなと思って記事を書いていました。

今後のAmebient advent calendarでは、この記事の各章の深堀り (導入編, 展開編, 終末編)、自作音サンプルの制作エピソード、Udonを使った立体音響の制御などについて書いていこうと思っていますので、よろしくお願いします。

*1:詳細な説明は今後のAdvent calendarに書いていきます。

*2:詳細は12/6 Advent calendar

*3:詳細は12/10 Advent calendar

*4:詳細は12/10 Advent calendar

*5:詳細は12/13 Advent calendar

*6:これ気づいている人が少ない気がします...