らくとあいすの備忘録

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Amebientの音楽体験設計 (終末編)

こんにちは。Amebient Advent Calendar 17日目の記事です。

もし、Amebientが何であるかがわからないという方は、先にVRChatで公開されているワールド と、phiさんの1日目の記事 を見て頂ければと思います。

今回は、Amebientの音楽体験設計 (終末編)ということで、Amebientをどのように終えるかという部分について、Amebientを楽曲としてみた時の視点から書いていこうと思います。

水没への遷移

Amebientでは、楽器/ファンを停止せずに演奏を続けるといずれ世界は水没に向かいます。 水没が確定すると、吹き荒れる豪雨と共にまずは楽器の音が停止します。 ここで音を抜いたのは、Amebientを楽曲として見たときにその先の「静寂」を聴きたいがために音的に止めたいなと思ったのが一番の動機です。 とはいえ、いきなりピタっと止まるのもおかしいので、雨にかき消されるようにだんだんと音が抜けていきます。解釈としては、音の要請から逆算したところがあるので色々あり得るところだと思いますが、音楽的な世界としてのAmebientの停止と捉えて良いように思います*1。実際この後では、今まで主役だった楽器の音がいきなり聴こえなくなることで、影に隠れていた風の音や雨の音が強く聴こえてきます。さらに、機械を起動すると同時に鳴り始めていた鐘の音に多くの人はここで気づくことになると思います。この鐘についてはまた後述しますが、音楽的な世界として停止してしまったAmebientにおいて唯一残っている音楽的な部分かなと思います。これによってAmebientは楽曲的な連続性を保ったまま水没に向かっていきます。

鐘の音をしばらく聴いていると屋上から金属のあたるような音が鳴ってきます。これは、屋上に設置されている貯水槽を支える台のネジが強い風雨によって緩みはじめてしまっている音です。そしてとうとう、貯水槽を支えきれず壊れてしまうと、バランスを失った貯水槽は建物に2度バウンドして海に落ちていきます。このあたりの展開は、リズム的な規則に縛られないまったく不規則な音を伴って進んでいきます。これは、ここまでの強いリズムを伴ってきたこととの対比として、音楽的に止まってしまった世界を強く意識させるものになっています。

貯水槽が海中に沈んでいくと、ほどなくして一気に海面が上昇しはじめます。 海面上昇の際には、海面の上昇に伴って波の音を近づけることで迫ってくる水の臨場感を向上させています。 Amebientでは、あまり強く波が打ち付けるようにはなっていないので、視覚との整合性を取るために通常時波の音は入れていませんが、唯一この場面のみは水が大きく動いて迫ってくるため波の音を取り入れています。ちなみに、ON/OFFを試してみましたが、水の接近を視覚よりも鋭敏に感じとれるように思えました。

水中

Amebientの水中は、無音ではありません。実は一番はじめの想定では、水中ではくぐもった水の音のみを環境音として流す予定でした。 しかし、ある日の作戦会議でcapさんとphiさんの作った水中の風景を見せてもらうと...

想像以上に良くて、そして穏やかでした。水中は本来人の生存出来ない領域なので、そこに沈むとなるとまず初めにくる感情として、恐怖感や不安感のようなものが多くありうると思います。 特にAmebientの海は、南国のエメラルドグリーンの海などではなく暗い海なので、私も上から見ている限りでは穏やかというよりは若干の緊張に近い感情を覚えるものでした。 しかし、実際に入ってみると、まず自分自身を受け止めてくれる浮力感、そしてそこにいつまでも滞在することの出来ることが分かる安心感、何より差し込んでいる穏やかな光が相まって、いつまでもそこに居たいと思える空間になっていました。*2

そこで、水中ではストリングスをベースに編曲したAmebient冒頭のテーマが聴こえているということにしました。これは、基本的にBGMを用いていないAmebientにおいて唯一とも言えるBGM的な音ですが、世界から切り離された音とというよりは、この世界の海の底からはずっとあの音が鳴ってるみたいな気持ちで音を入れています。実際、水深が深くなるにつれて音量が大きくなるようになっています。

さて、水没後の世界ですが、水没後でも海の底から流れる音は止まっていません。 水没エンドというと、どちらかというとネガティブなエンディングに捉えられるかもしれません。 しかし、個人的には穏やかさを獲得するエンディングのように思えています。 これはあくまでもAmebientを楽曲としてみた時の話ですが、曲の最後にこの穏やかな地点に行きつきたかったという比較的前向きな理由で世界を沈めています*3

少し余談ですが、とはいえ水没というのが比較的ネガティブな事象ではあるわけで、それを回避したいというモチベーションを持つ人が沢山見られたのは公開後になるほどと思った部分でした。 水没を回避したいというモチベーションの先として、やはりまず思いつくのは「晴れ」という結末ですよね。 ただ、晴れてしまうとこの世界からは、大部分の音が失われるんですよね。雨が降っていることによって、音が鳴っているので。 Amebientという楽曲の結末として段々と雨が止まっていって最後には風の音だけになるのか、あるいは雨風が強まって音楽が勢いを増しそれを超えた先に水没を迎えるのか、楽曲としては後者が魅力的には思えてしまうんですよね...。世界がどう終わるべきか、みたいな話の気もするので答えのあるようなものじゃないと思いますが、楽曲担当の一意見でした。*4

基本的には、水没まででAmebientの世界は終わりです。実際この後海中以外では環境音以外は何も鳴っていない予定でした。 ただ、実際に水没してみると水没前には行けなかった屋上に行けるようになり、わずかに佇める空間が生まれていて、海中とは違う空気感を持ったその空間を完全に終わらせてしまいたくない気持ちになってしまったんですよね。それで、遠くのビルのほうから聴こえてくる鐘が聴こえてきてしまったので、ここでも鐘の音は止めずに続いていくことにしました。 各鐘に割り振られている音はこのようになっていて、左側の5つがAmebientのテーマに使われている音なので、これらの鐘が鳴ることで永遠にAmebientのテーマが流れ続けます。 f:id:Raku_Phys:20201217231135p:plain ちなみに、良く見ると各ビルには鐘がちゃんと備わっていて、かつギリギリ水没しないようになっています。*5

おわりに

今回で、Amebientの音楽体験設計シリーズは以上となります。 体験設計と大仰に言えるようなものではなかったかもしれませんが、体験上の制約を付け加えながらインタラクティブな楽曲を構成していく感じが少しでも伝わっていたら幸いです。 次回の記事では、Udonを用いた空間領域ごとの環境音制御について書こうと思います。

*1:このあたりはphisさんの週末編にも書いてありますね。

*2:実際、この水中で寝ている方々も一定数居るようですね。

*3:あくまでも楽曲を作っていた時の私の気持ちです。

*4:ちなみに音を止めない解は存在していて、それは均衡を保つことです。例のパスワードです。世界を終わらせない、しかし音を止めたくない、ということになるとあの世界においてはこれが唯一の解なのかな?というところですね。

*5:いろいろな方法で飛んで行って実際に見た人も多いみたいですね。2Fの写真群の中にも鐘の存在を見つけることが出来ます。