こんにちは。Amebient Advent Calendar 10日目の記事です。
もし、Amebientが何であるかがわからないという方は、先にVRChatで公開されているワールド と、phiさんの1日目の記事 を見て頂ければと思います。
今回は、Amebientの音楽体験設計 (展開編)と題しまして、世界進行に伴って展開していく音楽に関連した話をしていければと思います。
背景音楽からの遷移
展開部では、プレイヤー (体験者) が缶やフライパンなどのオブジェクトを移動することで、背景音楽的に奏でられていた音楽を一度解体し、そして再構築していきます。 すなわち、ここからプレイヤーは音を聴く側から奏でる側へと遷移していきます。
"音を奏でる側の人"というと、例えばピアニストや歌手ドラマーなどをまずは想像されると思います。 このような"演奏者"は、自分の出したい音、演奏したいことを表現するために、楽器を使って音を出していきます。しかし、偶々Amebientを訪れ、偶々"音を奏でてしまった"人の多くは、何かを表現しようという動機を持ち合わせてはいないはずです。自分の行っている操作が演奏だという認識すら持つことは無いかもしれません。
何かを表現しようとする意図を持たずに音を奏でれば、それは一般に音楽になり得ません。例えば、ピアノの鍵盤をランダムに叩いても音楽と呼べる音列にはならないでしょう。*1 しかし、逆に極端なケースとして、スイッチを押したら音楽が流れるボタンが有ったとして、それを意図せず押したとしたら、それは押した人の意思によらず音楽と呼べる音が流れだすはずです。
この両極端なケース(ピアノ/再生スイッチ)を見たうえで、どこからが演奏と呼べるものでどこからが演奏でないといったようなものは無いのではないかというのが私の意見です。例えば再生スイッチでも、2つに増えるだけで音を混ぜるタイミングの自由度が生まれて少しだけ表現の余地が生まれてきます。もう少し進めて、各スイッチの再生音量がコントロール出来ればさらに幅が広がっていきます。やや乱暴に括れば、再生スイッチにはじまりピアノに至るまで、演奏の自由度が高まれば高まるほど表現の幅は増え、そしてより演奏に自覚的でないと音楽として成立させられなくなっていきます。
やや回り道をしましたが。Amebientの体験者が意図を持った表現者でない、しかしワールドとしては音楽的でありたいという条件を考えると、楽器としての設計はピアノというよりは再生スイッチ側に倒してあげる必要があります。しかし、再生スイッチを押すだけではあまりにも体験として面白くありません。そこで、缶を雨だれの下に置くという操作の中に、"再生スイッチ"を隠します。すなわち、自由度を持って缶を雨だれに置いていると感じるようにしつつ、その結果不思議と音楽になってしまっているという体験を設計します。
リズムの部品
上記のような、 背景音楽からの遷移体験を実装としてAmebientで取った方針は、リズムを小部品に分割して散りばめることです。 一つ一つの雨だれは、さしたる意味を持たないように見えつつ、全体が集まると互いのリズムが絡まって強い推進力を生みだします。 このような、"リズムの部品"を見つけるために、打楽器のアンサンブルが主体となっているラテン音楽に目を向けました。
ラテン音楽
Amebientとラテン音楽、今いちピンと来ないかもしれません。ラテン音楽と言われると、Mombo No.5のような陽気な音楽を想像する人が多いと思います。
ただ、Amebientのリズム設計のReferenceとして見ているのは、こうした陽気さではなく、曲の背景を支え、推進させているリズムの枠組みです。
ロックやジャズ、ポップスといったジャンルでは、一つのバンドに加わる打楽器の担当はドラム一人であることも多い一方で、ラテン音楽ではコンガ、ボンゴ、ティンバレス、ギロ、クラーベ等、非常に多くの打楽器が同時に演奏されます。このように、多くの打楽器が別のリズムを演奏していても、一体となって一つの"グルーヴ感"を生み出すことに成功している背景には、"クラーベ"というラテン音楽のリズムを支配する概念が関係しています。
クラーベとラテン音楽の分類
クラーベとは、ラテン音楽のリズムの軸となるリズムです。 おそらく、次の譜面で表される「ソン・クラーベ」が最も有名かと思います。
譜面を見ると、小節線をまたいで2つの音符がある小説と3つの音符がある小節があることが分かるかと思います。この2の方の小節をツー・サイド、3の方の小節をスリー・サイドと呼びます。そして、奇数小節が2の場合のクラーベをツー・スリー 、奇数小節が3の場合のクラーベをスリー・ツーと呼びます。
このツー/スリーがクラーベの肝となる部分で、各打楽器で演奏されるリズムはツーの小節とスリーの小節で異なっています。ざっくりと言って、ツー・サイドは停止感、スリー・サイドは推進感を生む小節であり、その繰り返しを全楽器で共有することによって、ラテン音楽特有のグルーヴを生み出していきます。ソン・クラーベをベースにしたラテン音楽には、上で例にあげたマンボなどのジャンルがあります。これらは基本的に、キューバを起源とする音楽です。
一方、アフリカ及び、アフリカ系の移住民がキューバで発展させた音楽がルンバです。ルンバのリズムは、ソンクラーベと少しだけ異なるルンバ・クラーベを軸に作られます。譜面は次のようになっていて、スリー・サイドの最後の音符が半拍だけ後ろにずれたものです。
ルンバは、アフリカのサンテリアという宗教の音楽がベースになっていることもあり、他のラテンのジャンルと比較しても非常に土着的な雰囲気を持っています。 例えば、ルンバの中でもGuaguancoと呼ばれるジャンルの音楽は次のようなものです。
このRumba guaguancoというジャンルの原始的な雰囲気、決して華美ではない雰囲気の中にある強い推進力が、Amebientのリズムの核に合うと思い、AmebientのリズムのReferenceとして採用しました。
リズムの部品化と空間配置
Amebientでは、Rumba guaguancoの色々な楽器のリズムを1拍ずつ分解して雨粒として配置しています。これを実装するため、まずは次のような譜面を作りました。(画像粗くてすみません...。)
これはどう読むかというと、①の拍に存在出来るリズムは①-(a,b,c)の三択といったような読み方です。この譜面をもとに、ビルの天井のフチや、鉄パイプから落ちる水滴ひとつひとつにリズムが割り当てられて空間的に配置されます。
リズムの核となっているのは、上記のようなリズムの部品ですが、より自由度を持って演奏を作りこみたい人のためにシーケンサー的な振舞い (1拍ずつ隣の水滴が落ちていく) をする雨粒も用意されています。 これらは、図のように空間的に分かれて配置されていて、音を作りたい人・偶発的な音に身をまかせて楽しみたい人がうまくすみ分けて共存出来るように作られています。
まとめと告知
展開編の内容のまとめ:
- 自由度・意思を反映させる余地を増やせば、音楽として成立させるハードルはあがる
- Amebientでは、自由度があるように思わせて、音楽として成立させるハードルは実は低いという設計をした
- そのために、ラテン音楽にヒントを得て作った、互いに相乗効果を生むリズムの部品を分解して散りばめた
- より発展的な演奏のために、シーケンサ的なパターンで落下する雨粒も用意することで、音を作りこみたいと思えばもっと自由度高く音を作れるようにした
次回は、各展開をつなぐ遷移部分にスポットをあてて書いていきたいと思います。
*1:人がそれを聴いて音楽だと勝手に解釈してくれる余地はあるかもしれませんが、それは特殊なケースです。