VR音楽イベント "アルテマ音楽祭" を制作して気づいたこと
はじめまして。らくとあいすといいます。VRChat上でVR楽器演奏やワールド制作を行っています。今回は2019年1月19日に開催された音楽イベント"アルテマ音楽祭"でのパフォーマンス・演出作りに関わる過程で気づいたことや、演出の意図、僕の視点からみた舞台裏についてまとめてみたいと思います。
アルテマ音楽祭とは
アルテマ音楽祭とはカズユキ(https://twitter.com/kazuyuki_haruno?lang=ja)さんが主催した音楽イベントで、VRChat内に自分達で会場を作りオリジナルの楽曲を様々な方法で演奏しました。このブログは演出のネタバレを含みますので、まだご覧になっていない方はぜひ先に配信のアーカイブを見ていただければと思います。
おきゅたんbotさんのチャンネルでの配信
sunaさんのチャンネルでの3D動画配信
自分が主に関わった演目の概略
アルテマ音楽祭は大きくわけて2部構成になっており、前半は歌を中心とした"ライブステージ"、後半はVR楽器や立体音響を中心とした"水面ステージ"となっていました。私は、この後半部分の楽曲・ワールドギミック・演出制作などを主に行いました。"水面ステージ"はさらに次の5つの部分に分かれています。
以下ではこの中の1~3について、制作過程や、印象的だったやりとり、気づいたことなどを書き、最後にイベント全体を通した感想も書いていこうと思います。
1. 水上ステージでのVR楽器演奏
ワールドに移ってきて一番はじめ、鍵盤楽器やドラムなどを組み合わせたVR楽器パフォーマンスを行いました。
私一人でバックのオケに合わせてVR楽器を演奏するという試みは、2018年10月20日に行われた第三回VRアートイベント(https://www.youtube.com/watch?v=Ay32kFXWsJc&t=3790s)で初めて挑戦しました。今回使った楽器の一つ、スティックで鍵盤を叩くものは第三回Vアートで使ったものの改良版です。この楽器は曲のキーに合わせたマイナーペンタトニックスケールで並べた鍵盤を4度ずらしで3段配置しています。これによって、鍵盤による反発がないことを利用した自由なグリッサンド表現が可能になります。何故前回のイベントと同じ楽器を使ったのかというと、VR楽器の上達というものを示してみたかったからです。VR楽器は比較的新しい概念だと思うので、それ単体で注目されがちなところはあると思いますが、最終的にはそれで何が表現出来るかが重要だと思っています。上達の余地がないということは表現を広げる余地が少ないということですから、楽器としてはあんまり面白くないと思っています。前回のイベントでの演奏はいわば、突貫工事で楽器を作ってその楽器の"初心者"がとりあえずステージに立ってみましたというところです。それから二度のイベントの再演と練習を経て楽器の音をより良く聴かせるための工夫や奏法がだんだんと固まってきました。具体的には下記のような注意をおいて演奏しました。
- スティックの動きがはやくなると同期が追い付かないので、なるべく鍵盤付近で動きをとめて演奏すると共に、左右の手での分担を意識する。
- 現実のピアノやその他の鍵盤楽器で用いられるようなフレーズにこだわらず、積極的にグリッサンドを多用する。
前回のイベントではこれらの知見を得ていなかったので、曲のテーマをVR楽器で演奏することが出来ませんでした。現実の鍵盤を使って作った曲なので、必ずしもVR楽器での演奏に適していませんでした。そこで、今回は大方曲がまとまった時点でそれをワールドに持ち込み、実際にVR楽器を演奏しながら曲のテーマをまとめていきました。これによって、この楽器で美しく演奏出来る曲のテーマを作ることが出来たと考えています。
今回新しく導入した楽器は鍵盤楽器と向かい合うように設置されたドラムです。この楽器は鍵盤を作ったときの知見を活かして、垂直方向に面を叩くのではなく楽器を横切るようにスティックを流す奏法を意識して楽器を配置しました。(結果何かの兵器のような見た目に…。) この手法によって同期が安定する理由は、面を通過することで音を出した場合は、始点と終点が同期されていればその間を通過することは明らかなためということだと思います。 (ある面をたたいてスティックを上げた場合には、打面にスティックの先端が触れた瞬間の位置が同期されていなければ音はなりません。) とはいえ、それでも通常のドラムのように一定のテンポを刻み続けることはかなり困難です。そこを目指すのではなく、今回はドラムソロとして活用するために自由度の高い演奏が出来るように心掛けた配置にしました。(余談ですが、アルテマ音楽祭の一番はじめでぴぼさんもドラム演奏をしていて、やられた!という感じでした笑)
視覚演出面で今回一番心掛けたのは、矛盾するようですが視覚情報を減らすことです。2番目以降でのパフォーマンスでは、非常に華やかなパーティクル等々が空間を覆いますし、ここでは最大限情報を削りました。特に鍵盤楽器を用いたソロの最中はステージを照らすスポットライトを除いたワールドの全てのライトを消した上で、空を真っ暗にしました。ソロのバッキングもピアノ一本だけに絞り、とにかくその場にある鍵盤楽器の音への集中を高めることを意識した演出にしました。
その上で、Mikipomさん(https://twitter.com/cakemas0227?lang=ja)によるリアルタイムパーティクル演出をしてもらっています。これは楽曲の進行に合わせて、事前に仕込んであるパーティクルをMikipomさんが出していくというものです。今回は曲を途中で止めたりする事情もあり、楽曲の長さが正確には確定しておらず演出も直前まで変更続きだったのでリアルタイムで演出してもらえるありがたみがすごく大きかったです。また、これによって視覚情報の濃度に差が付き、よりソロ部分の静けさが際立ったと考えています。
2. イルカに乗ってのワールド移動
水上ステージでの楽器演奏の終盤で水中から巨大な三体のイルカを出現させました。二番目の演目はこれに乗って、水中へと移動するというものです。ここでは、この演目が生まれたいきさつを中心に書きたいと思います。
まず、このシロイルカのモデルですが私がまだVRChatに来る前、2018年の3月に某VTuberのファンアートとしてモデリングしたものです。というか実際にはペイント3DとBlenderを組み合わせてどんな感じのモデリングが出来るかちょっと試してみたくて作ったものです。
3Dペイントで作ったシロイルカの胴体をBlenderに取り込んでみた。Blenderに取り込み後は、ポリゴン数を削って四角面にした後、細分割曲面を適用するときれいなった。制作時間15分。ざっくり概形を作るのにとても便利かも。(Blender強い人だったら変わらんかもだけどw)#SiroArt #blender #Paint3D pic.twitter.com/IK3MsSlOXR
— らくとあいす@Raku_Phys (@rakuraku_vtube) March 2, 2018
シロイルカ制作過程②
— らくとあいす@Raku_Phys (@rakuraku_vtube) March 2, 2018
ペイント3Dでざっくり作ったイルカを整えていったよ…。所要時間2時間。インポート時の自動ポリ割を軸対称にすることはできないのかなあ…。ミラー使わないで顔をポリ割しなおしたのでかなり大変なことに…。なんとか形だけできた…。#SiroArt #blender pic.twitter.com/oaYENAUMph
このモデルは、VRChatをはじめてしばらくはアバターとして使用していました。その後2018年の9月頃光る水面のワールドを制作していた際に、このイルカに乗って空を飛んでみたいと思い実装してみました。
その他
— らくとあいす@Raku_Phys (@rakuraku_vtube) September 18, 2018
シロイルカに乗って飛行して、昨日の光る空のところに行く。
海の生物が宇宙飛んでる絵想像以上に好きだった…。
(ゆきゆきさんとあしすかさん来てくれてありがとう~ @YukiYukiVirtual @y_assk_y )#VRChat pic.twitter.com/uPBoOsGEub
これを見た主催のカズユキさんが、イルカに乗って水面に潜っていくという演出案を考え提案してくれました。また、ゆうのLv3さん(ゆうのLv3 / Yuji Hatada(@yunoLv3)さん | Twitter)がアルテマ音楽祭に提供してくれていた、「世界の語り方」という曲がこのシーンにぴったりだと思い、この曲に合わせた飛行演出を考えることにしました。こういう色んなきっかけが繋がって形になっていくのはやっぱり楽しいですね。
水面の中に潜っていくシーンは一番ドラマチックな部分なので、ここを曲の盛り上がりに持って来たいとまず考えました。したがって、それまでの間空を飛んでいる必要性が生まれました。しかし、何もない空をただ飛ぶのでは少し味気ないと思ったので、元怒さんの提案もあり輪をくぐっていく演出を加えました。この輪にはやぎりさんの販売しているパーティクルヒューリング(https://booth.pm/ja/items/1114058)を使わせて頂きました。
また、演出案が出来た段階では酔いの問題を非常に懸念してみましたが、テストの段階でも本番でもあまり強い酔いを感じたという意見は聞きませんでした。非常に大きいイルカが常に視界に入っていること、リングによって行先が示されていることなどが良いの軽減につながったのかもしれません。このあたりはあまり詳しくないので、今後調べていきたいですね。
3. VR楽器・立体音響等を利用した複数人演奏
イルカに乗って水中に移動したあとは、複数人でのVR楽器演奏を含む演目を行いました。曲は番匠カンナさん(番匠カンナ@バーチャル建築家 (@Banjo_Kanna) | Twitter)のオリジナル曲「なつおわ2011」です。
アルテマ音楽祭に参加決定した際にカンナさんがこの曲を全体のdiscordに貼ってくれました。それを聴いた時にVRで立体音響使って複数人演奏したら絶対面白いと思ったので提案してみました。そして、カンナさんから音源のパラデータが送られてきて、それを元に第一案が固まっていきました。
実際には第一案から少し改良し、お客さんを取り囲む3人と周囲をただようシャボン玉に乗って演奏する2人、そして分身した3人のカンナさんで演奏するという案が固まりました。この時点で、分身したカンナさんのアニメーション制作をMikipomさんに、カンナさんが演奏する”なつがおわる”という声の楽器と、ピアノとアコーディオンの音を発しながら周囲を回る2つのシャボン玉のモデリングをカンナさんに依頼しました。お二人ともレスポンスがめちゃくちゃはやくさくさくと作業は進行していきました。ありがたい…。
その間に私は全体の演出をどうまとめるかを考えていました。曲の構成の全体像が掴みきれていなかったので、まずは譜面に起こしてみました(譜面1.0)。
全体を把握した上で、個性的で特に抽出したい音とバックグラウンドで流れているべき音に分けました。すなわち、人が楽器で演奏する音としない音を切り分けていきました。人が演奏する楽器として最終的に作られたのは次の画像のようなものです。このうち⑦の泡のはじける音の鍵盤と、⑨のパーカッション群は原曲にはない音ですが、演奏する上での自由度を上げるために新たに導入しました。これらの楽器を演奏手法によって大別すると、①,②,③,⑤,⑦はスティックによって叩くことで音を出す楽器、④,⑧は(コントローラーの)トリガーを引くことで音を出す楽器、⑥は投げることで音を出す楽器です。⑤の遠隔操作する"夏の終わり"の楽器は観客を取り囲むように3つ配置されており、①の楽器の付近に置かれたスイッチを叩くことでいつでもアニメーションを起動してカンナさんの分身を動かすことが出来ます。
また、人が演奏しない楽器についても完全にバックグランドでなっているだけのものと、視覚と何か結び付けて音を鳴らすものの2パターンがあります。完全にバックグラウンドで鳴っている音はなつおわ2011の土台となっている2011年夏の環境音といくつかの効果音、さらに原曲にはない音ですがドラムやストリングス、シンセパッドの音を加えました。追加で加えた音については、水の中のワールドという世界観に合わせて、原曲のなつおわ2011という世界に一枚膜をかけてみたような神秘性を加えたいというコンセプトで制作しました。また、音源だけで聴く場合に比べて曲の展開が単調に感じやすいと思ったので、曲の起伏をより強調するという狙いもありました。視覚と聴覚の情報量のバランスを取ることが大切なのかもしれません。
視覚と結び付けて音を鳴らしているのは、観客の周囲を旋回するシャボン玉から鳴るピアノとアコーディオンの音と、曲の中盤に頭上から降りてくる泡のようなものが破裂して、パーティクルと共に鳴る音です。このパーティクルについては特にこだわりたかったので、Mikipomさんに別途パーティクルの制作を依頼しました。
そして出来上がったパーティクルがこちら。まさにイメージ通りでした…やっぱりMikipomさんはすごい…。
続いてこれらの楽器を複数人で展開にそって演奏する手法について考えました。拍感の強い曲ではないので、ほとんどの場面でシビアな同期は必要ありません。しかし少なくとも10秒スケール程度での展開の共有は必要ですし、曲の終盤には拍に合わせて複数人で演奏する必要のある場面もありました。
まず、曲の中で5人が具体的に何をするのかということを示した譜面(譜面2.0)を作成しました。多分これだけ見ても暗号か落書きにしか見えないと思いますが…。
譜面の中で、曲の展開において重要な音の前には▼の印がついています。この部分で、ワールド上では本人のみに見えるように指示が表示されます。そしてその音をきっかけに他の人は自分のパートを演奏するという形になっています。はじめこの仕組みを作ったときは全員のすべての音に対して指示を出していましたが、あまりにも面白くないので辞めてこの方式にしました。この方式によって、曲の展開に沿いながらも各々の演奏には一定の自由度があるようにし、他の人の音を聴いて自分の音を演奏するという複数人演奏において自然な形式を採用することが出来ました。(二回以上同じことを演奏すると飽きる性格です。)曲の終盤では、地上で演奏している三人で音を合わせる必要のある場面が8小節間だけありました。この部分は曲を通して唯一拍感の強く出ている場面なので、ここだけはきっちり合わせたいと考えました。この同期にはすごくアナログな力技を使っていて、カンナさんにはハンドベルを振る際に同時に指揮を振ってもらい、らくとあいす・ぴぼの二名はそれに合わせて演奏するという方式を取りました。指揮を見る二人はカンナさんに対してほとんど対称な関係にあるため、これによってほとんど同期されます。しかし、これだけだとカンナさんだけはやや音が先行する形になるので、指揮を見る二人は実際の拍よりも1拍はやく演奏することで、お客さん視点ではほとんど同期するようにするという方式をとりました。とはいえ、とても難しく成功率は低かったです。本番でも完全にはうまくいってなかったように思います…悔しい…。こちらhttps://youtu.be/ORzh1JyMRY0?t=9760で該当部分から再生出来るので良かったらこれを踏まえて聴いてみて下さい。
ここまでは各パフォーマンスについて、制作過程や技術的ポイントを振り返ってきましたが、最後にイベントを通して思ったことについて書きたいと思います。
イベントを通しての感想
イベントを通して振り返ったときにまず触れたいと思ったのは、このイベントが全曲メンバーのオリジナル曲で構成されていたことです。アルテマ音楽祭には、VR空間でのライブ・VR楽器・パーティクル・ワールドギミック等々色々重要な要素があります。しかし核となっているのはやはり音楽で、その一曲一曲をメンバーの意思のこもったオリジナル曲で出来たというのはとても嬉しいことでした。
また、観客の皆さんの存在というのもあらゆる面で大きかったです。まず、VRChat内で見て下さった方々が空間に加わることで、ようやく作品が完成したと思わされるような点が多くありました。イベントの一曲目、memexのライブ中に飛び交った数々の声援や、なつおわ2011の会場で思い思いに体を動かして音を感じる皆さんの姿からは、準備段階で予想していた以上のものを感じさせられました。YouTubeLive等で見て下さっていた方からの感想でも気づかされる部分が多々ありました。特にこの音楽祭に"未来"や"可能性"を見たというコメントにはハっとさせられました。僕は少なくとも一年前までは"未来"を見せられてすごいなーと思うだけの人でした。その後、VRChatやVTuberの方々の世界に感じたその未来に少し手を伸ばしてみたいと思った結果が、今の活動に繋がっています。だからといって、僕は今回のイベントに関連したほとんどの分野でド素人で、今の自分が未来を作れるなんてことはあまり思ってはいませんでした。だからこそ、それらのコメントには驚かされました。そして何も知らない素人でも、とにかく作って形にして伝えた結果、誰かの”未来”を一段詰むことが出来るのかもしれないということに気付かされました。というのはさすがに思い上がりだとは思いますが、今はその感想を素直に受け止めておこうと思います。
想定以上に長いブログとなってしまいましたが、このあたりで締めたいと思います。ブログ初心者の駄文に最後までお付き合い頂きありがとうございました。この文章がほんの少しでも誰かの創作の一端につながるのであればとても嬉しく思います。